環境大臣の暴言

2016 年 2 月 13 日

育休をとりたいと宣言していた議員の不倫スキャンダルが伝えられ、いったいこの国の議会を構成している人間の資質はどうなっているのかと疑われるばかりです。議員の役割と地位との関係から考えると、不倫議員などよりもっと大きな課題を提供するのが、環境大臣の暴言です。支持者相手の放談だと気を緩めたせいなのでしょうが、福島第一発電所周辺の焦ん除去対策の目標値などに関して、「以前の環境大臣がなんの根拠もないまま勝手に決めた値だ」と言い放ったのだそうです。本来、原発事故からの復興を手掛け、国民に安心を与えなければならない立場の人が、このような認識で、このような言葉を発したことが、とても信じられません。そして、指摘された後しばらくも、自分の言葉に対する責任を感じていないような対応を続けました。あまりにもひどいと、首相官邸からの指示でもあったからでしょうか、「福島の皆様に対し申し訳ないことを語ってしまった。撤回します」と会見で述べていました。しかし、その姿からは、環境大臣が、これらの値をどう理解して、現在避難生活を続けていらっしゃる方々に責任を持つのか、という謙虚な気配が微塵も感じられませんでした。
この問題は、不倫騒動などよりは、はるかに国会で議論すべき内容を含んでいます。たとえば、原子力規制委員会の動きを、現在の政権は少しでも封じ込めようとしています。委員長が、再三にわたって述べている「原子力発電所の耐震規制等の基準」を、首相はいつのまにか「世界で最も厳しい安全基準」という表現にすり替えてしまっています。本来であれば、環境大臣こそ、この認識の落差を正していく立場であるべきなのです。ところが、いつのまにか、環境大臣が先頭を切って原発の安全神話の世界に国民を再度追い込もうとしています。福島第一原発の事故調査委員会が強く指摘した「これは人災である」との内容を、現在の環境大臣が認識できていないばかりでなく、強引にくつがえそうとしているように見えてなりません。とんでもないことです。
多数の議席に甘えて、本来のチェックさえできなくなっている政権の危うさを嘆きます。

経済政策は『策』になっているのか

2016 年 2 月 12 日

日銀総裁が、マイナス金利を発表しても、下げ続ける株価に歯止めがかかっていないようです。また、円高が進んでしまい、輸出企業の業績が下方修正されてしまいそうです。権限を持っている人たちが行う判断が、決して思惑どおりにはなっていないのです。それよりも、日銀の総裁が、物価の上昇率を2%に掲げていながら、金利をマイナスにするというのは、絶対的矛盾ではないかと強く疑います。本欄では、以前から何回も指摘しましたが、物価上昇が2%になったとき、国債の管理費がどれだけ膨らんでしまうものか、日銀は責任を持つつもりはないのでしょうか。幸か不幸か、物価上昇がなかったから国債管理費の膨張が抑制されてきたはずです。その条件を忘れてしまって、デフレ脱却のためには物価が上がれば良い、とする発想はあまりにも短絡的です。権威が、発動しようとして自己矛盾を暴露している、としか見えません。市場が思い通りにならないことこそ、現実なのです。
原油価格がさげ続け、産油国の思惑も乱れています。ロシアなどは、国家の収入が半減してしまいます。もちろん、サウジアラビアやイラクなども同様です。積極的努力をしなくても上がり続けてきた原油価格に、甘い夢を重ねていた国々は、その夢を破られているのです。振り返ってみると、これだけ上がり続けた原油価格の支払いに十分なドル札があったことが不思議でなりません。その間に発行されたドルの総額がどれほどだったのか、結果としてこれだけ発行されたドル札が、通過の信用をどれだけ落としてきたのか、経済学者の説明を聞きたいものです。原油価格を低迷させている原因の一つが、自然エネルギーの活用技術の普及だとしたら、ある意味喜ばしいことなのかもしれません。
20世紀末から、この21世紀初頭にかけて起こった世界経済の変化は、どこに落ち着くことになるのでしょうか。あたふたせずに見守りたいものです。

不本意非正規雇用

2016 年 2 月 10 日

この話題が取り上げられるとき、いつもすっきりした表現がないと思わされてきましたが、先日の報道で、「不本意非正規雇用」と呼ぶと伝えられ、以前から訴えたかった内容にしっくりした名称だと感じました。本欄では、何回にもわたって、とくに若い人たちの非正規雇用が、生活の根を奪ってしまっている現実を述べました。そのような指摘をするたびに、政府側の委員であった某氏の「本人が望んで非正規を求めている人もいるのですから」という言い訳に対し、反論するのに適切な用語が見つからずに焦った思いをしたものでした。今回触れた「不本意非正規雇用」の語が、思いを正しく伝えてくれます。不本意非正規雇用の労働者が、非正規雇用のうち約90%相当存在している、とそのときのテレビ番組では解析していました。筆者の周辺には、このような不本意非正規雇用のため、結婚をあきらめているひとがいます。また、その親たちの心情も知っています。これらの状態に陥ってしまっている人たちにしてみれば、なにが今更一億総活躍だ、と反論したくなることが理解できます。日本の経営者が、労働力をコストとしてしか見なくなって、そのひずみが様々なところで表れています。企業が利益を上げても、労働分配率はひたすら下げていった結果が、国内の購買力不足となって、景気回復を進めていません。経済学者のほとんどは、これらの事実を知っています。ところが、解決策などを考えられないために、愚かな通貨政策だけに期待をしています。
また、本来であれば、厚生年金の扱いをしなければならない会社が、事業者側の負担を無くそうと、国民年金にしている事例もたくさんあると言われています。現在のかつかつの生き方が将来にもっと負担を強いることになってしまう、このような制度破りが日常化している国は、とてもおかしな状態にあると言ってもよいでしょう。年金だけでなく、他のことも含め、制度設計が壊されてしまっている状況を、関係者はしっかりと国民に知らせる義務があるはずです。オープンにされたそれらの状態から脱出する方法を提示することこそ、現在総ての政党に求められていることなのです。

「みたびの海峡」再び

2016 年 2 月 8 日

帚木蓬生さんの「みたびの海峡」の読後感を本欄に寄せたのは、日韓の慰安婦問題解決が報じられた時でした。みたびの海峡の主題である、戦時中の炭鉱への韓国(当時は日本と一体化していた)からの徴用の話は、慰安婦の問題と似た構造にあると考えられたことが、その日に本欄に掲載しようと考えた理由でした。このときの日韓の妥結条件として、「不可逆的に」との言葉が使われたことには、微妙な思惑があるに違いないと推量された人が多かったのではないでしょうか。たしかに、外交交渉で「不可逆的」という用語はあまり頻繁には使われないはずです。このような語が、化学、物理の授業で用いられた時以来、それらの授業についていけなくなったと自覚している人がいるかもしれません。その意味で、少々気になることがあります。
最近になって、わが国が国連などで、慰安婦の徴用に軍が直接関与していなかった、との主張を述べ始めていることです。たしかに、韓国は、日本が慰安婦の徴用に軍隊自らがかかわったのだと言いふらし、その挙げ句に慰安婦少女像を各地ら設置するという行動をとりました。このような韓国の動きを放置したことが問題の一つであったとの考えがあるのは確かです。だからと言って、今回日本が行おうとしていることは、妥結内容の「不可逆的」に一部背く恐れがあるだけではなく、当時の日本と韓国の支配―被支配の関係や、徴用に際しての醜い民族内のトラブルなどを改めて明らかにさせてしまうことになるからです。炭鉱に徴用工を直接送り出す人たちは、韓半島の同じ民族の人たちでした。だからと言って、連れて来られる間、働き続けている間の理不尽な処遇は、終戦になったからと言って終わりにはならない怨念を生んでしまいました。日本政府は、これらの経過を改めてすべて明るみに出してでもという覚悟で取り組んでいるのでしょうか。どうも、そうとは考えられません。韓国が行ったキャンペーンの結果を消すために必要だから、という短絡的な発想での行為は、自ら課した「不可逆的」対応にふさわしくありません。外交を担う人たちの発想の貧しさが感じられる話でした。

二日遅れの節分

2016 年 2 月 5 日

一昨日投稿したはずのメールが残っていました。旬を過ぎていますが、改めて投稿します。

いつ頃からでしょうか。節分には、恵方巻を食べて運勢を引き寄せる、という風習ができたのは。少なくとも、筆者が育った時代には、知らずに過ごしました。ところが、このような縁起担ぎの風習は、一旦浸透すると結構広く受け入れられるようで、今では、スーパーやコンビニの大切な商材となっています。もうすぐやってくるバレンタインデイのチョコレートと似たようなものです。家人に言うセリフですが、筆者の若い時代にバレンタインデイが一般化していたら、人生ずいぶん違っていたはずだ、と思っています。たぶん家人は、私の方こそ違う人生を歩めたでしょうにと主張することでしょう。このような商材がなくても、この季節になってくると、陽射しの暖かさが感じられます。温室効果を持つ車に乗り込むと、ずっとここに居れば暖房費が節約できる、などと考えてしまうほどです。
そして、明日は立春です。世間では受験シーズンが盛りを迎えてきます。筆者の時代と変わって、現在は学校の方が受験生を確保したがっているようです。夏休み期間から行われていたオープンキャンパスなど、受験生を呼び込む企画は、昔はなかったものです。知人から聞いたのですが、在学生がオープンキャンパスの企画と実行を行うと、自分のいる学部に対しての見方が鋭くなって、良い結果をもたらすのだそうです。たしかに、オープンキャンパスを行えば、そこにいる学生自身は、アイデンティティを問われることになるのですから。受験シーズンは、悲喜こもごもの結果をもたらすことでしょう。表面的なことより、人生の中の大切な時期を、浮つかずに受け止めてほしいと思います。
遠い昔、受験を終えたころ、NHKの今日の歌で、倍賞千恵子さんが歌う「草の芽さん」が発表されました。この歌にとても共感しました。結果として、この一回の受験だけで済んだ人生でしたから、余計に心に沁み込みました。人生が過ぎて、草の芽さんが枯葉になってくる頃ですが、気持ちだけはいつまでもこの歌のようにありたいものです。

サッカーオリンピック予選決勝

2016 年 1 月 31 日

ドーハで行われて来たリオオリンピックのサッカーアジア予選、決勝が昨夜行われました。これまでの5戦より1時間遅い日程でしたが、じっくりLIVEで見ることができました。前半に1点リードを許し、さらに、後半に入ってすぐ追加点を奪われ、2対0とリードされてしまいました。南野選手がチームを離脱したことなどが、言い訳のように聞こえてしまうのが残念でしたが、後半のメンバーチェンジで出場した浅野選手が、まず逆襲への一点を挙げました。そのとき、ベンチに走り寄るのではなく、次の一点を取るのだ、というメッセージ性の強いアクションをしたのでした。その思いが通じたように、一分後には、矢島選手がヘッディングで追加点を挙げ同点となったのでした。韓国チームが、立て直す機会を作る前に動いたように見えて、とても印象的でした。この同点ゴールの直後は、ベンチと一体となった喜びをピッチに繰り広げました。こうなると、追い上げた日本の方が勢いが勝るようで、前半に押しまくられていた状態から脱して、一つ一つのプレーに期待が持てるようになってきました。そして残りが15分を切って、解説者は、日本の交代が早かったので延長にはしたくない、と言うのが伝わったように、決勝のゴールが生まれたのでした。途中交代して最初の一点を挙げた浅野選手が、再びそのスピードを生かして、キーパーをかわしたゴールを決めたのでした。中継のテレビの前で、思わず拍手をしました。
今回の日本チームの特徴は、とび抜けたスター選手がいるわけではなく、誰が得点を挙げてもおかしくない、という全員が主役となれる形にあったと思います。それを引き出す監督の力が問われたわけですが、最初の北朝鮮との試合で、開始早々に挙げたコーナーキックからの一点で、全体の流れがうまくできました。その後、選手の交代などもことごとくあたって、決勝まで進み、この試合もその特徴を生かした展開ができました。しかし、アジアで優勝できたからと言って、世界の壁は厚いことでしょう。この6戦を通じてチームの伸びが見られました。ぜひ、本番のリオオリンピックまでに、もっともっと精進して素晴らしいプレーを見せてほしいと期待しています。

大臣辞任

2016 年 1 月 29 日

内容が国民に理解されにくいTPPの交渉役を担ってきた甘利大臣が、昨日辞任を申し出て受理されました。筆者は、TPPが目指す自由貿易に関し、現在優位性を持っている国はしゃしゃり出ないで見守る形の方が、調和がとれる運営になると思っています。優位を持っている国が、その優位性をさらに主張するのでは、TPPの本旨に背いてしまうと感じます。巨大国家であるアメリカが、この枠組みを利用しようと考え、日本の参加も求めてきた、という経過を考えると、最終的には機能しなくなってしまうのではないかと予測しています。そのような機能不全になってきたとき、各国の思惑の違いが、かえってマイナスの結果を招いてしまうことの方を恐れます。このような困難を今後に控えているTPPの交渉役も担っていた大臣が辞任したのです。昨日、辞任を発表する前に述べた過去のいきさつに関し、納得できないものを感じました。大臣室と地元事務所で大臣自ら手にした50万円ずつの入金を、秘書に指示して政治献金の形にした、という発表がしっくりしないのです。この合計100万円を政治献金に繰り入れた関係で、秘書が勝手に使ってしまった額が、当初疑われていた200万円から300万円に、玉突き型で変更されました。一週間の余裕を求めた操作が、この結果になったのだろうと思いますが、後付けの釈明には、いずれほころびが出てくることでしょう。それを追及されにくくするため、大臣を辞任したのでしょうが、正しい過去を暴いてほしいと思っています。
さらに、口利きをして、建設会社に2億円以上の金が入ったという経過の方が、重要な意味を持っています。政治家が、このような行動をとることで政治家で居続けられることの方が嘆かわしいことなのです。流れて行った2億円余の金は、もともと国民の税に由来するものではなかったのか、厳しく追及していく姿勢が国会に求められているはずです。告発した建設会社のメンバーも、相打ち覚悟のことでしょうから、すべてを明るみに出すべきです。

オリンピックサッカー予選

2016 年 1 月 27 日

ドーハで行われているオリンピック予選、時差の関係からそれほど眠くなることなくLIVEで見られるので、ずっと見続けてきました。昨晩は、この試合に勝てば出場が決まるという大切なイラクとの試合でした。前のイランとの試合は、延長に入ってから得点して勝ち上がってきたもので、これも見ていてとてもしびれました。今回のイラクとの試合の前に、手倉森監督は「今日もしびれる試合になるでしょう」と話していた通り、見ている人をしびれさせ、引き込む試合となりました。前半は、日本の狙いが見えてくる良い展開で進んでいた感じでした。その中で、FWの鈴木と久保のコンビプレーが見事に決まって、先取点を上げたのでした。これで、日本のペースで進むだろうと期待したのと裏腹に、相手のイラクは日本の狙いを先取りして防ぐような試合展開となってしまいました。前半が残り15分を切るころ、解説者は、これからの時間帯は相手がこれまでも得点を挙げてきた危険な状態になるはずです、日本チームの選手は肝に銘じて対応しなければいけません。と指摘しました。なんと、この予言のような指摘は、不幸なことに当たってしまい、相手のコーナーキックから同点のゴールを許してしまったのでした。点を許したとはいえ、このプレーの中で、ゴールキーパーが最後まで抵抗を示していたこと、相手の思い込みの強さが示されたこと、など、それ以降の対処の仕方に示唆されることが多く、作戦を立てるうえで役に立つプレーではありました。ですから、その後、相手の攻勢が続いても耐える策がわがチームには示されていた気がしました。最初の得点を挙げたFWの二人の選手が交代し、それでも士気が上がりこそすれ、衰えないのが、このチームの特徴でもありました。そして、粘りに粘り、後半のアディッショナルタイムの中の好機を、見事に生かして勝利を得たのでした。得点に直接関係した選手だけでなく、この得点の青写真は、チーム全体で描き切れたものだと思います。もちろん、試合ですから、裏目に出てしまうこともあるでしょうが、テレビを通じてみていると、良い結果を引き寄せる力が、今回のチームにはあるように思えるのです。
相手チームのラフプレーが出るのではないかと予想していた報道もありましたが、今回のゲームに関して言えば、お互いにフェアな試合展開をしてくれたことが、見ていて納得できるものでした。残りの決勝戦も堂々と勝利してリオのオリンピックに向かってほしいと願っています。

空洞化

2016 年 1 月 25 日

先日のテレビ報道で、憲法改正が必要とされる理由などとして、与党の政策担当責任者が次のような発言をしていました。この発言に、きわめて強い違和感を覚えただけでなく、本当の現実を少しも見ていないのではないかと思わされたのでした。それは次のような趣旨で述べられました。「憲法改正が必要とされるのは、現在の憲法が定めている内容が空洞化してしまっているものがある。だからそれを変更しなければいけない。憲法9条の第2項は、自衛隊の現状とかけ離れていて、まず変更が求められるものだ」ということでした。たしかに、現在の日本国憲法が規定している、国の間の紛争解決に武力行使は行わない、とする理念は、理想主義でしかなくて現実的ではない、とする指摘は正しいところもあります。ところが、それ以上に、この憲法があることによって、紛争に関し武力解決を目指そうとしないわが国の行動規範が守られてきた、という現実があります。その結果としての平和国家日本が認められてきたのです。そのときに、自衛隊が持つ戦闘力は憲法を改正して認めるべきだ、とする意見があっても、そのような選択をせずに今までわが国が歯止めとしてきた理念が存在しました。今、この理念をを放棄させようとするものが、憲法改正を主張する側にあることが見破れます。憲法改正を必然とする意見の中に見られる、このような政策変更への意図を見破って対処することが、国民には求められているのです。以前であれば、このような戦争回避への熱い思いが国民共通の意思となっていたのですが、いつのまにか、現実をこのような見方で変えていこうとする勢力が一定の勢いを持ってしまっています。かつてこの世でなされた戦争のほとんどは、「自衛」の目的を掲げながら、自国の侵略行為を是認してきました。だからこそ、わが国の憲法では、国同士の対立を武力で解決しようとしてはいけないと記されているのです。ただし、そのことは、本来の自衛権を放棄しているものではない、という考え方が正しく定着し、平和国家日本が作られてきたのでした。
ところが、このような平和主義が合わせて持つ、武器輸出三原則などを、経済成長のためと称して、いつのまにか踏みにじって来た現在の政権は、とんでもない発想を持つに至っているのです。それを、現実の文言が空洞化しているから憲法を改正しろ、というのは嘘なのです。このような歯止めがあったからこそ、築いてこられた歴史を正視してはいないのです。ところが、今回のテレビに出ていた議員のように、一見正しいかの主張にすり替えているのです。「空洞化しているから改正すべきだ」とする正しそうな意見に秘められた嘘を見破って、本当の平和国家を今後とも求め続けなければいけないと、筆者は強く思うのです。

寒波到来

2016 年 1 月 23 日

冬が来た割りに暖かい日が続いて、陽だまりの芝桜が咲き始めて驚かされた今年です。ところが、油断していた隙を衝くように、強い寒気団が日本列島を覆っています。南国の沖縄県にさえ雪が降るかも知れない、と報じられています。結果として降らなかったとしても、このような予報が出されることが驚きです。冬の厳しい東北地方に単身赴任していた経験があります。その時の寒さは、体が痛いという感じでした。住まいから前の物置まで行く間だけでも、手袋をしていないと、手がしびれて凍傷になってしまうのではと恐れたものでした。その当時の経験から思えば、耐えられて当たり前と言われそうですが、暖冬にゆるんでいた心ごと、あわてて震えています。大寒の時期が過ぎると、太陽の光の暖かさが増してきます。早くその日が来てほしいと願っています。
そう言えば、芝桜だけでなく、近くの中学の紅梅も早くから咲き始めていました。もう五分咲き以上です。そこにやって来た寒波ですから、咲いてしまった花も、さぞ、戸惑っていることでしょう。今にも雪を降らすような低い雲が空を覆って、気持ちも負けてしまいそうです。普段晴れの日が多いことに甘えてしまっている自分を感じます。東北にいたころは、このような雪雲にも慣らされていましたから。
寒波は、日本だけでなく、アメリカの東海岸にもやってきているようです。首都機能を停止してでも外出は控えるように、などと指示が出されているようです。気象災害の影響を少しでも少なくできるようにと、各地の状況に応じた対策がなされているのです。
冬来たりなば春遠からじ、と言われています。もうしばらく耐えて、暖かい春を待つこととしましょう。