落ち葉が

2014 年 11 月 26 日

いつものように、朝、ごみを集積場へ持って行きました。今日は、資源ごみで、出した責任として、小さな分類をする必要があります。その作業をしていて、、足元に水溜まりがあることに気づきました。普段、雨になってもこのようなことはありません。後から来る人も迷惑するだろうと思い、水溜りの原因を探すと、すぐに判りました。落ち葉が排水溝の側に小さく積みあがって、水の流れを止めてしまっていたのでした。傘の先で、水が流れるようにすると、水が流れ始めて、水溜りは小さくなっていきました。
日本の道路は、排水を考えて、傾斜をきちんとつけているなと、海外で雨に遭ったとき感じたことがありました。たしかに、傾斜をつけることで水溜りを無くして、トラブルを防いでいます。その微妙な傾斜付けを、落ち葉が邪魔してしまったのでした。日本の秋の繊細さを感じさせられた一コマでした。
もうしばらくすれば、落ち葉を吹き飛ばす空っ風が吹き荒れます。季節感には事欠かない日常です。でも、出勤の際にゴミ出しを依頼されている多くのサラリーマンは、このような水溜りに注意することもないのかもしれません。
今年も残すところひと月あまりです。その間に、国の行く末を左右する衆議院選挙が行われます。昨日も書いたことですが、ほとんどの政党の掲げる内容が、現実に対する責任を果たせる内容になっていないことを嘆かわしく思っています。

論争

2014 年 11 月 25 日

噂が一気に現実となって、衆議院が解散されました。わが国の行く末にとって、とても大切な時期なのですが、マスコミ全般を通じて、政党間の論戦を正しく導いていないように見受けられます。というより、ほとんどの政党の政策が、長期的に見て成立しない仮説の上にしか乗っていないから問題なのです。「財政の健全化」を掲げてみても、一方で「経済成長」が絶対必要である、と付け加えてしまうと、現在の政党の知恵では、国債に依存した上げ底経済成長を促す程度しか浮かんでこないのです。その結果として、扱いきれないほどの国債残高を抱え、日銀政策のごまかしで、一時的に通貨を膨張させたところで、本質的な経済回復はできないのです。
労働分配率を下げていくことが経営の要点である、とばかりに信じ込んでいる経済界のメンバーは、経済界を覆っているその発想が内需の拡大を抑制してしまっていることに気づかないのでしょうか。そのうえ、非正規雇用を一般化して、若者たちに将来像を描けないままにしていることに、良心は痛まないのでしょうか。現在国内で蔓延しているこのような愚行からの脱却こそが、今問われているのです。ところが、広告収入依存症のマスコミは、それに対する論戦の場さえ作れないでいます。
最後の力は、国民が現状を見抜くパワーを持っていると信じるよりほかなさそうです。若者たちの絶望感が、国の行く末を誤らせることがないように、有権者全体が心するべきなのでしょう。

緊急地震速報

2014 年 11 月 23 日

昨晩、そろそろ就寝をと考えてくつろいでいた時に、テレビの画面と携帯電話と同時に、緊急地震速報の警戒音が鳴り響きました。テレビの画面に、震源が長野県と伝えられたこともあって、筆者の住む地域に直接の被害は及ばないだろうと、少し安心できました。それでも、もうすぐ揺れを感じるはずだと身構えたのですが、ほとんど揺れは感じませんでした。画面では、やがて震源や震度などの情報が続々と伝えられました。夜間の地震でしたから、夜が明けるまで被害などは伝えにくいだろうと思っていました。
たまたま、震源近くの大糸線沿線には、二年ほど前の調査研究で通ったこともあり、震度6弱を記録した小川村を車で通った時に、「おやき」の看板が出ていたことなど思い出しました。これから寒さが厳しくなる時期ですから、家屋の被害など少ないことを祈っていました。今朝になって現地から伝えられた映像からは、浅い断層が動いたことで、地震計で図られた震度以上に、局所的に被害を受けた場所があったように見受けられました。
有名な善光寺の灯篭なども一部が落下したりしていました。もし、日中で観光客がいる事態だったらと、人的被害が少なかったことにほっとはしましたが、実際に住んでいた家を失った人たちがいらっしゃるのですから、その方たちへは温かい支援が届くよう願っています。
以前本欄でも記したように、列島を取り巻く地殻は、現在も活発な活動の時期にあると考えられます。普段から、心の準備、持ち出すものの準備、周辺の人たちとの協力方法、など整える必要を考えさせられました。

この国の行方

2014 年 11 月 21 日

今日衆議院が解散されました。国民の関心が盛り上がらないうちに、なのか、国民が見捨てているうちに、なのかはわかりませんが、争点がはっきりしません。争点とされるべきことがあるのに、マスコミ全般が取り上げていないからかもしれません。本欄では、現在の政治状況を「平成の変」と勝手に名づけています。国民に大盤振る舞いをした「つけ」はすっかり溜まっていますし、国債の返済意欲は無くなってしまっているかのようです。そのような中での解散です。終わってしまえば、したり顔で、禊は済んだ、など追及課題の棚上げができると思い込んでいるのでしょう。
そんなことより、この財政不健全状態は、どうしようもないところまで来てしまっています。少子化対策の本命は、正規雇用枠の拡大にこそあると、政権も感じていながら、対策をとろうとしていません。経団連などは、いい加減なコメントを出しています。少子化というより、非婚化として取り上げるべき課題なのです。
筆者は、見届けることはないでしょうが、乱発した「円」が、国に及ぼす悪影響の行き着くところは相当厳しい話になることでしょう。現状が悪くなりすぎているために、「財政の健全化」などを政党の主張に取り上げることさえ難しくなっています。数年前に、「100年あんしん年金」と言ってみたり、「実感できる景気回復を」などと口にしていた人たちは、どんなストーリーを描いているのでしょうか。
総ての政党が、将来への安心感を目指して、との看板で、具体的に何をしようとするのか、そのための財政的裏付けはあるのか、かみ合う論戦があってほしいのですが。

経団連の見識

2014 年 11 月 18 日

最近の報道の中で、経団連が「このまま少子化が続くとわが国の将来は暗い」と考えていると伝えられました。しかし、この少子化の流れを作り出したのは、経団連が主導してきた「非正規雇用拡大」の結果なのです。そのことへの謙虚な反省が見られないで、このような見解を表明するとは、現在の経団連の目指すところが全く理解できません。かつて、経済界を代表する立場として、正しい判断を国民に示していた頃とどこかが違っています。ワーキングプアを若い人に押し付け、そのうえ、次の世代の富を国債発行によって既に奪っている、このような国家の運営は正しいはずがありません。この国の決定的に間違っている構造をどのように解決できるのか、それを議論しなければいけないはずです。
そのうえ、武器輸出をしてでも経済成長を遂げたいとする理屈は、国民を不幸に押し込む以外の何物でもありません。政界の見識の低さは、本欄で何回も指摘し続けてきましたが、経団連の主張も、政界のいい加減さと大同小異であると思わざるを得ません。
今、わが国の中で議論されるべきことは、若い人たちが希望を持てる国家としての将来像であり、そこへたどり着く道のりなのでしょう。地方創生については、本欄でも何回か述べてきました。単純な住民の奪い合いなどではなく、将来に向けて定着できる産業の振興をどのように図るかがカギの一つです。少子化がもうしばらく続き、団塊の世代が通過した後のわが国の未来図を、どのように描けば良いのでしょうか。そのとき、過大になっている国債の残額にどう対処できるのでしょうか。
来月行われる衆議院選挙の結果に、国民の声が正しく反映できることを願っています。

沖縄県知事選挙

2014 年 11 月 17 日

昨日行われた沖縄県の知事選挙で、辺野古移設を現政権と一体となって進めてきた現職が敗れました。当選した新人候補は、保守の立場ですが、これ以上の沖縄県への基地負担を止めるよう主張し、多くの支持を得たのです。公約に掲げた「辺野古移設反対」は、これまでの経過から、すんなりとは実現できないと誰もが思っているはずです。それでも、その主張が県民の多くの支持を得たことに、沖縄県以外に住む人たちも深く思いを致す必要があります。内閣の官房長官は、「辺野古移設は決定済みで実行されており、今更検討されることではない。過去の話だ」とうそぶいています。今回の選挙は、このような現政権の在り方自体を強く批判したものでもあると、筆者は考えます。国家の安全保障のためには、基地をどこかに置くことが求められ、国民の大多数はそれを否定はしないでしょう。しかし、基地を置くことと同等以上に政権が進めなければいけないことがあります。それは、基地が機能しないでも済むような、平和社会実現に向けての、地道な努力です。この努力を行おうとせずに、基地問題を押し付ける姿勢が、現政権に見えてしまう、と感じたからこそ、沖縄県民はこのような選挙結果を作ったのです。昨日、選挙結果が出てからの報道番組を見ていると、内閣の関係者が話す内容が、この結果を正しく受け入れていないと感じました。
官房長官が、手続き論で「過去の話」と決めつけることは、国民を愚弄するものです。この愚弄策は、たぶん、これから行われる衆議院選挙の中でも政権側は撮り続けることでしょう。しかし、国民を技家にする策は長続きせず、政権に対するボディーブローのように、応えるはずです。国民に対する謙虚さを失った発言は、結局政権の迷走を招くことになるのでしょう。
ナチスでも合法的に政権をとれたのだから、と言い放った副総裁の言いなりになってしまう国民なのか、危うさに気づいて方向を変えさせる国民なのか、衆議院選挙にかかっています。

何か変だな

2014 年 11 月 15 日

前回の投稿は、「衆議院解散か?」でしたが、筆者が家から離れた3日の間に、もう解散は既定路線とされているようです。もともと、17日に発表される数値を見て判断すると言っておきながら、この進行ぶりには、いかがわしさを感じてなりません。当然のことなのですが、17日に発表されるという数値は、国民に対しては17日ですが、政治家はより早くそのデータを入手できる立場にいます。ですから、今回の解散へ向かうことへの判断は、本当は、その数値を首相筋が読んだ上で行われた判断なのです。不思議なことに、国民に対して数値が示される前にこのような判断が見せつけられると、その数値を招いた「アベノミクス」の失敗ということから、関心がよそを向いてしまいます。まるで、何か客観的な情勢が、GDPの足を引っ張ったかの印象を国民に与えてしまうのです。
そういう、からくりを政権はうまく使おうとしています。首相本人は海外に行っているうちに、このような背景操作をしてしまえば、「アベノミクス」失敗への追及を受けないままで、解散に入ってしまえるからです。誰がつけた知恵なのか判りませんが、国民を欺く上ではまことに巧みです。そして、増税のタイミングを遅らせることと、「軽減税率」導入とを絡ませて、与党内はうまく調整が済んでしまっているようです。「軽減税率」の導入が、あたかも消費税の持つ問題点全体を解決できるかのような思い込みや、その思い込みに基づく国民への解釈の押し付けは、これまた困ったことです。
本欄で再三にわたって指摘してきた次のことを、この選挙の前にも確認しておきたいと思います。国民負担率の実態と、国民生活への保障とを、正しくバランスさせなければ国家の運営は危うくなります。それなのに、この四半世紀以上、わが国はバランスを欠いたままの国家運営が続いています。その結果、若い人たちが継ぎたくなるような国家とは反対の方向に走ってしまっています。これを是正させる議論が行える政党の出現が待たれています。国民に、これまでの経過を正直に開示することこそ、その第一歩であるのです。

衆議院解散か

2014 年 11 月 11 日

大臣の入れ替えなどのために審議が停滞している国会のためなのか、にわかに衆議院の解散がうわさされ始めています。政権がポイントを稼ぐつもりの拉致問題交渉も、中国、韓国との正常化交渉も、これと言った成果が生み出されない中で、消費税増税の決定期日が迫って、居直るかのようにうわさが飛び交っているのです。少なくとも、国民のためを思っての解散でないことだけは確かです。本欄で再三にわたって指摘してきている、若い人たちに希望が持てる明日を描かないままで、解散に持ち込むことの意義は認められません。たぶん、支持率があまり落ちていないうちにという、姑息な考えがあるからでしょうか。また、政党助成金の魔力にとりつかれてしまっている政党が、政策を考える間を置かないようにという流れなのでしょうか。
いずれにしても、このところ財政問題の本質をマスコミが取り上げることが少なくなって、ほころびが見えないうちに、という意図が感じられます。わが国の財政問題は、本来物価の番人である日銀が責任を裏切っている間に、ますます深刻さを増しています。見方を変えると、日銀自体が財政破綻を誘導しているかのようにも感じられます。そのうえ、株式市場で年金の資金を運用する枠を拡大するという愚策を発表しています。国民の大切な資金を、株式市場にさらして、世界を股にかけている投機マネーと対抗できると、本当に考えているのでしょうか。万一(というよりもっと高い確率で)年金の資金が投機マネーの軍門に降ってしまったとき、だれが責任を負うというのでしょうか。
このような、いい加減な政策運営をしている政権が、せめて支持率が落ち始める前にと、解散しようとするのなら、これほど国民をなめた話はないのでしょう。
結果的に、現政権が今までに近い議席を得れば、国民は信任してくれたと、暴走を続けるのでしょうか。困ったことです。

正しい経済成長

2014 年 11 月 10 日

今でも国会で行われる議論の基調は、「経済成長は正しい」との論です。ところが、わが国の近い過去をたどると多くの疑問が湧いてきます。返済の期待がないままの国債の発行によって資金を作り出して、それをばら撒いて経済成長の数値を稼いだものでしかないではないですか。このことは、正しい国家運営だったのでしょうか。筆者は、この程度の結果しか得られなかったのだとしたら、経済はマイナス成長となった、という事実を受け止めたことの方がよほど正しいことだったと考えています。過剰な国債発行によって、みかけだけの経済成長をしたのだと思い込むことの危険性を、マスコミも国会議員も全く自覚していません。このような見せかけばかりの経済成長は、次の世代の富を奪ってしまっていることでもあります。その挙げ句が、若い人たちをワーキングプアーの状態に追い込んでしまっています。実態として、このような失策運営しかできていない政権が、これまた目くらましのように、集団的自衛権だとか、秘密保護だとか、国民を幸せに置かない法律の制定に走っています。
本欄では、このまやかしを何回にもわたって指弾してきました。しかし、その本質に迫った国会論戦は始められません。「ゆでがえる」だとか、「危機感のなさ」などと遠吠えだけでは、もう取り返しのないところまで達してしまいそうです。派遣労働しか働き場所が見つからない若者たちが言う、「この処遇では結婚など考えられない」というつぶやきを、国会議員たちはどれだけ聞いているのでしょうか。別のこととして「少子化対策」を謳う滑稽さを知るべきです。
国債に頼った上げ底経済成長と、過去の成長の反動であるマイナス成長と、どちらを国として選択すべきなのでしょうか。

非正規雇用問題

2014 年 11 月 8 日

現在の国会で、派遣労働者に関する法律の改正が進められています。派遣労働者と呼ばれる人たちが生まれ、その数を増してきた期間は、現政権が「失われた〇〇年」と指摘しているものとほぼ同期しています。もし、現政権がこのような派遣労働者の増加が、経済停滞の原因、あるいは、結果だと考えるなら、今提出されているような法律改正は行うはずはない、と筆者は思っています。ところで、派遣労働者の増加が、実は、少子化の背景になっていることは、以前麻生首相自体が認めていたことです。それを、現在行おうとしている法律改正は、少しも是正することにはならないでしょう。反対に、もっと、少子化を促してしまうことになるでしょう。どうして、そのことを本気で考えて、次の世代に受け渡せる世の中を作ろうとしないのか、不思議でなりません。
国会議員が、国の将来を思って、どうすれば良いのか、日夜考え続けているはずだと、どこか期待している筆者には、現在の国会の動きは理解できないものです。
派遣労働を強いられている若い人が(すでに30歳を超えている)「今の処遇では結婚なんて考えられない」と述懐した言葉を、重く受け止めています。国会の議論で、「派遣労働を選択する人もたくさんいるのだから」と担当大臣が答えるのを聞くと、本当の現実を見ようとしていないと感じます。そのような強弁の下で、現在法律改正が図られています。嘆かわしいことです。少なくとも、国の将来に思いを持っていない人たちが政権を動かしているととか考えられません。
結果としての、格差拡大が「国」を危うくしてしまうことに、政治家はもっと危機感を持つべきです。そこの入り口をはっきりと指摘するマスコミの姿勢を求めます。