オリンピックに踊ってみても

2015 年 9 月 2 日

オリンピック・パラリンピックのエンブレムとして採用された案が白紙撤回に至りました。デザインそのものが盗用であるのかどうかは筆者にはとても判断できません。しかし、疑念を抱からたあとの記者会見を見てきたものとしては、何か胡散臭さを感じます。公募という方法も一つの案ではありますが、前回大会を踏襲するとか、著名なデザイナーに依頼する(岡本太郎さんに太陽の塔をお願いしたように)方が、疑念なく受け入れられる気がします。というより、国立競技場の白紙撤回と、今回の騒動とが、2020年の開催に対し、嫌な予感を与えているように感じられ、すっきりしません。筆者は、遡って、福岡市が立候補しようとしたときに、東京都が後出しじゃんけんのように掠めていった経過を知っていますから、あのころから100%の祝福を持てないのです。それと、オリンピックと騒ぎすぎるばかりで、その商業主義に毒されているところを見逃せないのです。前回の東京オリンピックは、スポーツの秋の10月に開催しました。2020年は、酷暑の8月にやろうとしています。このようなことは、スポーツの面からは、望ましいことではないと思われます。また、ドーピング問題が、灰色の状態で行われるようでは、勝利者に素直な喜びを伝えられません。踊り過ぎ、メダル獲得に偏り過ぎ、のオリンピック招致問題を反省する機会が必要なのかもしれません。
何より、あの招致活動で、首相が福島第一原子力発電所の状況を、すべてコントロール下に置かれているから大丈夫、と発言した時の驚きと怒りは、現在でも避難生活を余儀なくされているたくさんの人たちと共有しています。あれだけ無理をしたことが、今回の二件の白紙撤回の事案に反映しているように思われてなりません。それよりも、2020年までも、そして、ずっと、福島第一原子力発電所の過酷事故の終焉まで、無事たどり着くことの方を大切だと思い祈っています。

戦争法案廃案をめざし

2015 年 8 月 31 日

8月30日、国会議事堂の前の道路は、戦争法案反対を叫ぶ群衆で埋まりました。大手のマスコミは、この動きを伝えようとしていません。マスコミの中立性を求めるという、政府の脅しに屈しているからです。どう考えても、安全保障体制と言いながら、アメリカの腰ぎんちゃくになって、世界の保安官を担おうとすることは、現在の憲法の存在下では絶対に無理のある話なのです。その無理は、国会の審議を通じて明らかにされてきています。ところが、議席数で圧倒的な強みを持っていますから、審議とは名ばかりで、時間の引き伸ばしに終始しているようなものです。だいいち、これらの法律を通してしまうと、違憲状態が日常化するわけで、国全体の日々の活動がぎこちなくなってしまいます。なし崩しに憲法を変えてしまおうという策謀なのでしょうが、それが許されるはずはありません。戦前のナチスを目指すと副総裁が語っていましたが、国民を欺くところは似ていても、求める先には、具体的なゴールは見えてきません。
それにしても、この国の現在は異常としか言いようがありません。暴言を吐いた若手議員に対し、この法律を成立させるまでは黙っていなさい、という指示を派閥の長である副総裁が勧告する滑稽さには、見ていられないものを感じます。アメリカの腰ぎんちゃくになることで、将来展望が開けるか、と問われても、何も見えてきません。それよりも、イスラム過激派の標的になることだけははっきりしています。それは、国民を不幸にします。テロにおびえる世界になることは、平穏な生活を奪われてしまうことです。今回の戦争法案は、わが国をそのような状態に追い込もうとするものです。なんとしても廃案に至るまで、声を上げ続けなければなりません。

堆肥化技術の伝承

2015 年 8 月 28 日

本欄では数年前に堆肥化の技術について、100回余りの連載をしました。少しでも正しい普及に役立つことを念じてのことでした。過去にも、何冊かの刊行物に、堆肥化の原理などを記載したこともあります。筆者が行った「堆肥製造機械化の研究」の成果を受け入れてほしいと願ってのことでした。家畜排せつ物法や食品リサイクル法など、正しい堆肥化技術の上に成立が期待される法律が制定されたにもかかわらず、現実は正しい理解が浸透しているとは思われません。家畜の糞尿や生ごみなど、堆肥となる素材に対し、適切な処理が必要なのですが、十分には理解されていないのです。ある程度以上の処理をするとなると、装置、機械が必要になるのですが、これらを製造販売していても、判っていないままの業者も残念ながら見られます。堆肥化の進み具合が多少劣るくらいでしたら、目をつぶることもできるでしょう。ところが、堆肥化を失敗してしまうと、原料以上に悪臭を生じてしまったり、大量のハエを発生させたりと、トラブルになってしまいます。循環型社会を作るために寄与できないだけでなく、「公害源」となってしまうのでしたら、堆肥化施設が罪作りをしていることになってしまいます。研究を行った身としては、堪らないことです。ぜひ原理を理解して、社会に寄与できる機械・装置であってほしいものです。
このように技術が不十分にしか広まっていない現実を見て思いました。どれだけテキストを書いてみても、一般の人はトラブルが起こらない限り、取扱説明書を読もうとしない、という現実です。必ず読まなければ処理ができないくらい、技術書の内容をかみ砕いて説いていく意気込みが足りなかったのだと反省させられます。筆者の残り少ない時間ですが、せめて少しでも伝えたいと考えています。

株価の動き

2015 年 8 月 25 日

リーマン・ショックが起きたとき、たまたま入院中であったことから、世界各国のニュースをじっくり見ることができました。株価が下がっていくのを、関係者はおろおろしてみているような感じがしました。そのとき笑ってしまったことがありました。アナウンサーが経済学者に、このような株価の暴落を金融工学の手法で抑えることはできないのですか、と質問したのでした。筆者の理解では、金融工学といういかがわしい手法を用いることで、他者の富を奪っていく人たちが形作っている株式相場であるなら、その暴落が起きることも必然であるし、味わってしまった旨味を返すべき人は返す、というだけのことなのですから、何をかいわんやです。言い換えれば、この世界で、永遠に旨味だけを味わえることなどありえない、誰かの旨味は、他者の苦味なのだから、ということだけなのです。その株式市場が7年後のここ数日、株価暴落とも思える状況になってきています。今回は、中国市場が暴落の発信地と指摘されています。しかし、本当の理由は、どこかでこのような時を迎えて、いずれまた株価は安定して上がり始める、というサイクルがあるだけのことなのでしょう。これが、参加している人たちだけの問題であれば、どうぞご自由に、と放置できるのですが、私たちの年金の資金が株式に注ぎ込まれて、マイナスにされてしまう可能性があるとなれば、関心を持たざるを得ません。ゼロサムのゲームの中に、年金の資金を入れることが、国家として健全なこととは、筆者には思えません。一時的な旨味だけを強調して、大丈夫だと言い切る人に、責任を取らせなければならないと思っています。
それにしても、デフレ脱却のために、通貨供給量を増やして、一時的な旨味がもたらされたのは事実ですが、終局の策がないままです。日銀の総裁の顔が、7年前の困惑していた経済学者の顔とダブります。

世界陸上開幕

2015 年 8 月 22 日

北京で行われる世界陸上競技選手権大会が開かれ、最初の種目である男子マラソンが行われました。優勝したのは、予想外のエリトリアの若い選手でした。わが国の代表は、暑さの中の耐久レースに早々と失速し、残念な結果となってしまいました。夏に行われる大会の出場者を冬の試合で決めている、という能天気な陸上競技関係者にも多少の責任があると思われます。また、選手選考だけでなく、強化のあり方ももう少し考え直さなければ、世界との距離はますます広がっていくだけでしょう。この競技をLIVEの中継で見ていていくつかのことに驚かされました。ひとつは、北京の大気の状況が選手に過酷なものになっているのではないか、との予想に対し、綺麗な青空が見えたことでした。たしかに、pm2.5などの汚染物質は、冬の暖房が主因ですから、この季節ならば問題は少なくなっていたのでしょう。それでも、自動車の過剰なまでの急激な普及も大気汚染の一因と言われていましたので、意外なことでした。もう一つ気になったのは、競技が行われている街路に市民の応援が全く見られないことでした。日本のようにロードレース慣れしている市民ではないから、一切の応援を無くしたのかもしれませんが、沿道からの声援が聞かれないレースというのも少し異常でした。
マラソンのフィニッシュ地点は、陸上競技場のフィニッシュ地点であったのですが、ここがゴールです、と示すものが見当たらず、ゴールした選手たちの不安そうな顔が印象的でした。
中継をしたテレビ局は、対象のレースを盛り上げようと考えてのことなのでしょうが、アナウンサーの不勉強とも思える発言があったり、優勝した若い選手への称え方も不適切な感じがしました。スポーツ番組を変な形で盛り上げようとすること自体が不謹慎な気がします。

安全保障法制

2015 年 8 月 21 日

国会が夏休みをしていたためか、暑さでそれどころではなかったためか、安全保障法制の問題が国民全体の関心事から、少し薄れてしまっているのではないかと心配しています。どう見ても、集団的自衛権に基づく武力行使を求めているこれらの法案は、憲法違反というだけではなく、政府が説明していることと、腹の中で思っていることに、大きな齟齬があって、きわめて危険な状況に国民を追い込む恐れが強いものです。アメリカに対して、日米同盟の大切さを強調することは否定しませんが、アメリカ自身が常に後ろ指をさされない外交を行ってきたか、と言えば、疑問符がつくことは明白です。その相手に対し、全く無防備に全面的についていくことを認めることは、将来を誤る恐れを持つことです。であるならば、以前からも言われてきたように、国際機関の中立的な位置をもっと大切にしたスタンスをとるべきでしょう。そのような姿勢を正しく持つことが、日本の将来を保障するものだと信じます。裏と、表が違いすぎるし、一旦法律にしてしまえば、というあけすけな態度からも、この法律案は廃案とすべきです。
自民党の若手議員で、とんでもないことをツイッターに記載していた男が、詐欺まがいの行為をとっていたと報道されるや、あわてて、自民党を離党する行為に出ました。これまた、とんでもないことです。自民党が公認して選挙を戦い、その結果がこうなっていることに対しては、もっと責任ある対応が求められます。もう一つ筆者が思うのは、詐欺行為の持ちかけに、「国会議員枠で株を買えば……」というセリフがあったと聞きます。これは、この議員一人の話ではなく、議会ゴロとも呼ぶ連中が、永田町周辺にいます。彼らの常套句でもあり、「議員の紹介で国有地が安く手に入る……」など、詐欺話は無数にあるようです。たまたま、そのようなゴロを知ってしまったことがありましたが、今でも思い出したくもないことです。

事故調査委員会

2015 年 8 月 19 日

もう忘れ去られているのでしょうか。東京電力福島第一原子力発電所で発生した過酷事故に対し、政府、国会、民間の三つの事故調査委員会が設けられ、熱心な検討が進められ、報告書もまとめられました。本欄では何回かにわたって、それらの要約だとか、委員から示された次に実行すべき課題、などを取り上げました。三者とも一致していたのは、原発神話を無理やり国民に押し付け、過酷事故の可能性を故意に隠そうとしていた原子力村の体質による、人災という指摘でした。ですから、このような体質の改善と、本当の原因解明をもっと進めるべきだという、三者の結論にはそうだそうだと賛成したものです。ところが、デフレ脱却を掲げて政権を奪い返した自民党政府は、これらの調査委員会の指摘を軽視し、ひたすら原発の再稼働に向けた動きに向かっていきました。経済性の面から再稼働やむなしとするのであったとしても、設けられた自己地用差委員会の結論をこれほど蔑ろにしてしまうとは、あきれるばかりです。そのうえ、現在の原子力規制委員会の示している基準は、安全対策の面からの評価ではないと田中委員長が力説しているにも関わらず、首相は平然と、世界で一番安全だとする基準に適合したのだからと、言葉をすり替えています。人の噂も、とのことで、事故対策には頬かむりをして、再稼働を進めようとしています。このため、地元の避難計画などはおろそかにされたまま、給付金目当ての自治体の長が再稼働推進を担っている卑しさが目につきます。
せめて、事故調査委員会が求めた次へのステップをまともに対応すべきだと、筆者は強く思い、いい加減にしている政権与党に猛省を促したいと思うものです。

世界選手権

2015 年 8 月 17 日

この夏、水上競技の世界選手権はすでに閉幕し、わが国は競泳で3種目の金メダルを獲得しました。今週末から、陸上競技の世界選手権が始まります。競技時刻などが、少し偏っているような気がするところもありますが、商業主義を批判するよりは、ずば抜けた素質の競り合いに興味を持ちたいと思います。水泳の場合、わが国は男子の中心選手が思わぬけがで欠場となって、意気が上がらなかった感は否めませんでした。しかし、最後には不振から脱出して金メダルに届いた僚友には感激しました。大会の中で、不審に気付いてそこから出られた、という経験は今後の彼の選手生活にとっても、とても意義あることだったはずです。ただし、全体に見て、お隣の中国の選手層に及ばないところがあり、もっともっと、派遣記録を破る選手の出現を期待します。一方の陸上競技は、暑い夏の北京で開かれますので、コンディションが心配でもあります。大気汚染から脱却できていない都市で、無事終了することをまず祈ります。わが国の短距離陣が、高校生の力の伸びなどから、期待が膨らんできます。現在の世界記録保持者が持っていたジュニア記録を更新したのですから、今回の大会では及ばなかったとしても、近い将来日の丸穂付けた選手が、短距離のファイナリストに入ってくれることでしょう。もうひとつ気になるのは、過去のサンプルの検査結果として、ドーピング違反の検体が沢山見つかったということです。少しでも記録を向上させたいという思いが、誘惑に手を染めているのかも知れませんが、残念なことです。前の東京オリンピックの時代には、国家ごとドーピングをしていたところがあったと言われていました。そのことが、選手の寿命を縮めてしまう結果になったりして、ドーピングの反社会性が問われたのでした。それでも、相変わらず違反する選手が絶えません。情けないことですが、各国の競技団体は、勝利よりも一人一人の選手のことをもっと考えてほしいと思います。

空虚な総理談話

2015 年 8 月 15 日

終戦70年を迎え、安倍首相は戦後70年の総理談話を発表しました。閣議決定を行ったもので、内閣全体が責任を負う形になっています。今年が70年だからと総理談話を発表したいと、最初に意気込んでいたのとはマッチ九異なるような内容でもありますが、言葉の空虚さは十分感じ取れます。そもそも、「植民地支配」「侵略」「お詫び」などの言葉が、総理自身の心から湧いてこないはずだということは、ポツダム宣言を詳らかではない、と首相が国会答弁をしたことから十分察知できるのです。ポツダム宣言は、あの戦争を仕掛けた日本の無謀さや、その後の戦闘で近隣諸国に多大な被害を与えたことを糾弾しています。その入り口のポツダム宣言を理解できていない、という首相なのですから、もう入り口でこの人が何を言っても世界に浴びるなどできないことは明白だったのです。再び戦禍を招くことはしない、と言葉だけ言ってみても、安全保障法制の国会答弁との整合性に欠けるばかりです。
広島、長崎、の原爆追悼の場で述べた言葉でも、広島で「非核三原則」に触れなかったことを言われたら、あわてて長崎の言葉に組み入れたりしていましたが、その誠意のなさは国民に見え見えだったのです。長崎市長が指摘した通り、現政権の平和への取り組み方はとても不自然です。かつての戦争の時も、平和のためと国民を駆り立てた勢力があったことを忘れてはなりません。

派閥の長

2015 年 8 月 11 日

国会議員としてあまりにも不見識な見解をツイッターに示した若手議員に対し、その派閥の長は次のような発言をしました。「今は安全保障法制を国会で成立させることが最大の目的なのだから、そのことに支障となる発言は控えるように。法律が通ってしまえば、あとは何を書いても良いから」というのです。呆れてしまいます。若手議員の発言が、現在の憲法を否定しているだけでなく、立憲主義そのものまで否定しているのですから、現在の選挙で選出されるに議員にはふさわしくないものだから、かくかくしかじかと改めなさい、と指導するのが派閥の長の役割りであるはずです。ところが、主張の内容など一切関係なく、波風だけ立てるな、議席数は与党で十分押さえてあるのだから、というのです。この派閥の長は、以前次のようなことも言っていました。「ナチスだって、政権を奪っていく過程はそれなりに合法的におこなったのだから」 安全保障法案を通してしまうことが、ナチスのナチスになっていく過程とダブっていると、この人には見えているのかもしれません。
少しは長老的になってているのだから、もう少し賢い話をしたらと思いますが、残念ながら、その人の頭の中はこうなっているのですね。昨年末に実施した総選挙で、圧倒的優位の議席数が確保できたからと、驕り昂ぶった与党の姿勢です。国民の目をごまかすことは、これ以上は無理でしょう。筆者も安全保障関連法案の廃案を求めて、声を挙げに行くつもりでいます。